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F1ワッチ (F1watch)

Watching the Formula One from an Armchair

なぜ英国のEU離脱に関して、バーニー・エクレストンとロン・デニスの意見が対立するのか

英国がEUから離脱すると、F1にどんな影響があるのか?

2016年6月23日、英国で国民投票が実施された。首相のデイヴィッド・キャメロン率いる政府は、EU(ヨーロッパ連合)に残留すべきか否かの二択を国民に問うた。その結果、おおかたの予想を(ブックメーカーの予想も)裏切る「EUから離脱すべき」が過半数を占め、これから英国政府はEU離脱に向けての手続きを開始すると見られている。

Brexit?

当ブログの関心事としては、この決定がフォーミュラ1というスポーツにどのような影響を及ぼすのかだ。この件に関してのESPNの記事によると(Brexit makes no difference to F1, good for the UK - Bernie Ecclestone / エクレストン、イギリスのEU離脱はF1に影響なし | Formula 1 | F1ニュース | ESPN F1)、バーニー・エクレストンは「賛成(EU離脱)」、ロン・デニスは「反対(EU残留」と、二人の英国人の見解は対立していたようだ。

いったいなぜだろうか? この対立が意味するものは、何だろうか?

両者は、同じ英国の労働者階級から資産家まで成り上がったという共通点を持ってはいるが、今やバーニーはF1の興行主であり、ロンはマクラーレンという自動車メーカーの代表である。おそらくこの両者の立場の違いが、EU離脱に対する懸念の違いとしてあらわれているのだろう。

F1的には、ESPNの記事にもあるように、既に「脱ヨーロッパ」路線を明確にしている。実際、「年間21戦のレースのうち、今やEU加盟国でのレースは6戦しか」ないのである。

そもそもF1が脱ヨーロッパに舵を切り始めたのは、EUの厳しい規制から逃れるという面もあった。その代表は、F1の経済を長年に渡って支えてきたタバコ広告のEU域内での規制で、これに対してバーニーは英国政府への献金(わいろ)を通じて「反対」の意見を表明して抵抗していた(2005年の記事:(F1、タバコ広告廃止の潮時 : F1通信)。他にもEU域内には厳しい規制が数多くあり、環境規制やアルコール広告規制など、F1にとっては息苦しいものが増え続けている。

バーニーにとってみれば、経済的にもリッチで、特に規制もない、アジアやアラブの新興国でF1を開催して成功し始めているなかで、「伝統」ぐらいしか持ち出せないEU圏内のクラシック・サーキットなどどうでもいい。この考えは、興行主の立場としては理解できる。

その一方で、ロン・デニスの見解もまた、エンジニアリングによって支えられる自動車メーカーの代表者のものとしては、理解できるものだ。

というのも、そのヨーロッパ外へと拡大を続けているF1を技術的に支えているのは、ヨーロッパの自動車メーカーの収益であり、皮肉なことに、そのEU圏内の自動車メーカーが世界の競争から守られているのは、EUによって課されている各種の厳しい規制だからである。おそらく、EUという壁がなければ、ヨーロッパの自動車メーカーはアジアからの「安くて、高性能な」車によってとっくの昔に蹂躙されていたのではないか。EUの規制は「邪魔」だが、見かたによっては、その邪魔があるおかげで、外部のメーカーがヨーロッパのマーケットに参入できないし、逆にヨーロッパ内のメーカーは諸外国(アジアなどもっと緩い規制の地域)へは、優位性をもって進出できるのである。

「マクラーレンはイギリスを拠点としている。われわれの運命によって3,000を超える家族が影響を受けることになり、われわれのイギリスサプライヤーとその従業員も同様だ。ヨーロッパに残ることはマクラーレン・ビジネスの繁栄にとって欠かせない」(エクレストン、イギリスのEU離脱はF1に影響なし | Formula 1 | F1ニュース | ESPN F1

もちろんEU域内の就労の自由や関税優遇は、マクラーレンのような小さな自動車メーカーにとっては重要だ。その従業員をEU域内から自由に優秀な人材を雇用できるし、その家族にとってもEU域内なら再就労も障壁が低い。また、マクラーレンが英国でつくっている超高級車は、長年にわたってヨーロッパ(EU域内)が主なマーケットだったから、関税優遇も重要だ。近年は日本などアジアにも進出を始めているが(JAIA50周年特別インタビュー Vol.15 マクラーレン・オートモーティブ・アジア 太平洋地域担当リージョナル・ディレクター デイビッド・マッキンタイヤー)、EUという関税障壁内で高級車ビジネスができたことは、マクラーレンにとっては大きなメリットだっただろう。

まとめると、つまりEUは、広告産業としてのF1にとっては邪魔な存在であるが、技術産業としてのF1にとっては必要なものだ、と考えることができるだろうか。前者を代表するのがバーニーの意見であり、後者を代表するのがロン・デニスだ。EUの厳しい規制は、いわゆる非関税障壁だ。それが例え自由な興行の邪魔であったとしても、少なくとも自動車産業にとっては必要悪なのである。もちろんメルセデスなど他の欧州の自動車メーカーはロン・デニスの立場に立つだろう。

こうして考えると、ESPNの記事は、味わい深い。どちらも、正義を代弁している。

【若干、専門的な見解】最も、英国はEUから離脱しないかもしれない。英インディペンデント紙によれば(There is an incredible theory that a Brexit won't actually happen even if the public votes for it | Home News | News | The Independent)、この国民投票に法的拘束力はないという。つまり投票の結果は「it is merely advisory(単なる助言のようなもの)」だから、これを政府は無視してもよい。日本のような国民主権の国家とは異なり、英国は17世紀の名誉革命以来の議会主権(Parliamentary Sovereignty)の国家である。最終的な決定は、国民の選挙によって選ばれた議員と、王によって構成される国会においておこなわれる。可能性は低いが、民意である「EU離脱」が、覆される可能性もあるにはあるのである。しかし、同インディペンデントの記事の末尾にあるように、議員はおそらく民意を尊重せざるを得ないだろう、とは考えられている。

Flickr Photo (CC) Brexit? | Flickr - Photo Sharing!