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F1ワッチ (F1watch)

Watching the Formula One from an Armchair

F1サーカス版「地球の歩き方」とは:尾張正博『F1全戦取材――グランプリサーカス一座の365日』(2013)

書評

本書は、長年に渡ってF1ジャーナリストとして活躍している尾張正博が、F1を「スポーツ」としてではなく「サーカス」としての魅力を伝えようとして書きおろしたものである。

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「F1はスポーツであると同時に、サーカスでもある。そこにはスポーツだけでは伝えきれない魅力がたくさん存在している」(尾張:2013年、4頁)

ワオ、斜め45度を愛するF1ワッチ読者に、ぴったりな一冊な気がするじゃないか。出版から少し時間が経ってしまったが、先日ついに入手して、あまりのおもしろさに、あっという間に読んでしまったところだ。

本書の構成

本書は、尾張正博と共にF1の一年をぐるっと回る形式になっている。

目次は「出発前」から始まり、「3月」「4月」……そして「11月」で終わる。まさにF1の1シーズンとともに地球を一周するようなものだ。

それぞれの章の特徴は、決して特定の1年間の記録・日記ではない、ということだ。本書が出版されたのは2013年5月だから、たとえば2012年のことしか書いていないとか、そういうことはない。尾張が世界各地をそれぞれのグランプリの時期に訪れたとき、観察したこと、そして、その場に立つと思い起こされるあれこれ……が、おおむね一つの章につき3つか4つのエピソードとしてまとめてある。

たとえば「4月」の章を見てみると:

・イモラのピオッポ
・ファストフードでのお祝い[ニコ・ロズベルグ]
・ビジネスクラスに乗るということ
・ネット情報

という四つの節(エピソード)で構成されている。

それぞれのエピソードの時系列はばらばらだ。「イモラのピオッポ」は、かつて4月のイタリアのイモラでサンマリノGPが開催されていたことに触れたもので、その時期にイモラの空を舞うピオッポ(綿毛)を象徴的に描いた感傷的なエピソードだ。「ファストフードでのお祝い」は、近年4月開催が定着してきた中国・上海でのロズベルグのエピソードを描いたものだし、「ビジネスクラスに乗るということ」は、世界をまわる尾張自身のノウハウとして旅客機のビジネスクラスを活用するのはどんなときなのか、そしてそこで見かけたスーパーアグリF1の意外な一コマなどが印象的に記されている。

本書は、グランプリ開催の「時間」と「場所」にそれぞれちなんだ、尾張によるエッセイが収めれている本だ。その土地の名物・ひとびと・パドックでの記憶・想い出、そして世界をめぐる旅のノウハウも書かれている。「ラップタイムが〜」とか、「タイヤのデグラデーションが〜」という話はいっさい出てこないので安心して(?)欲しい。

そんな「ざっくばらん」な本なので、全体でみると本当に多くのエピソードが収められている。大盛りだ。だから、当F1ワッチの過去記事とも、たくさんリンクする部分があった。本書の魅力を伝えることにもなるだろうから、いくつか紹介しておきたい。

アイルトン・セナの個人広報官

まず、尾張正博といえば、1994年のサンマリノGPで事故死したアイルトン・セナとのエピソードがよく知られている。彼は事故の直後、ボローニャ大学でセナの遺体と対面しているのだ。そのあたりは『 セナと日本人 (双葉文庫)』に詳しいが、本書でもなぜ彼がいちはやくボローニャ大学にかけつけることができたのか、その「嗅覚」について書き記してある部分がある。

彼がセナの事故の直後の異変を察し、プレスルームを飛び出して見た光景が記されている。

プレスルームの階段を下りると、ウィリアムズのスタッフがガレージの裏で泣いている光景が目に入った。さらにコントロールタワーの下に到着すると、セナの個人広報を務めていたピートリス・アサンプサオをブラジル人ジャーナリストたちが囲んでいた。彼女は元ブラジル代表のバレー選手でいつも強面だがそのときは取り乱し、その隣にいた弟のレオナルドの顔からは血の気が引け、茫然と立ち尽くしていた。(尾張:2013年、168-9頁)

このエピソードは、当F1ワッチでも「バーニーがセナの死を弟レオナルドに伝えた瞬間 - F1ワッチ (F1watch)」で伝えたエピソードと組み合わせると、立体的に読むことができる。

※セナの個人広報官 Betise Assumpção を、F1ワッチではベティーズ・アスンサオンと(かなり悩みながら)表記したが、尾張は ピートリス・アサンプサオ と表記している。

レッドブルの「政治力」

レッドブルがF1チームを持つようになって、いかにパドックの中で振る舞っていたのかを、尾張の目線から評した部分も、おもしろい。

レッドブルのマーケティング戦略を見ていると、「F1を知っているなあ」と感心する。それはF1は単に速いマシンを開発して、コース上で1番を争うだけではないビジネスだということを理解して、この世界に参入していることだ。F1はヨーロッパの封建主義が残る村社会である。新参者が勝利だけを目指して入ってくれば、必ずや叩かれる。まずは村の一員となり、村全体の利益になるような活動を始め、古参のチームから仲間として認められることが重要なのである。(尾張:2013年、187頁)

これは、当F1ワッチだと「ホンダだけがF1エンジン開発を凍結されるのは、本当に「公平」なのか - F1ワッチ (F1watch)」で、ホンダに必要とされる「政治力」として記した内容とオーバーラップする。政治力というと、多くの読者は、自分の主張を押し通す権力のことを想起するかもしれないが、むしろ尾張が上で書いているようなものこそが「政治力」だとF1ワッチは考えている。

F1ドライバーの資質

本書は近年のF1取材について書かれているので、小林可夢偉についても比較的多くのページが割かれている。その中でも尾張が見ているのは、可夢偉の冷静さである。

可夢偉はこれまで見てきた日本人ドライバーと違っていた。たとえば、可夢偉は気合いや根性という言葉を口にしない。…………「クルマを速く運転するというのは物理の法則」というのが可夢偉の哲学である。曰く「時速200kmでマシンを正確にコントロールするには、気合いよりも冷静さが大切だ」と。(尾張:2013年、212頁)

これは、「フランク・モンタニーのコカイン陽性は「ドーピング」なのか - F1ワッチ (F1watch)」で伝えたような、F1でコカインのような興奮剤があえて禁止薬物として挙げられていないことに通じるかもしれない。速く走るためにはひたすら冷静であることが求められる現代の複雑なF1マシンでは、興奮剤はマイナスにしかならないと言えそうである。

このように、本書は尾張というジャーナリストがF1という「サーカス」一座の一員として世界をまわりながら、それぞれの土地にまつわる彼の観察や記憶を、エッセイとしてまとめたものだ。

F1全戦取材

F1全戦取材

本書のエッセイというざっくばらんな記述スタイルの中に、まさに彼の「独自の視点」が示されている気がする……。普段からF1を楽しんでいるF1ワッチの読者なら、まちがいなく楽しめる一冊だろう。

(C) 画像出典:Amazon.co.jp より → F1全戦取材 (マーケットプレイスの古本ならば400円台から入手できるようだ)