F1ワッチ (F1watch)

Watching the Formula One from an Armchair

なぜスポンサーはミハエル・シューマッハを見捨ててはいけないのか

ミハエル・シューマッハから大型の個人スポンサーが離れ始めている、と英デイリーメイルが報じている。同紙は「見限る(dumped)」「切り捨てる(severed)」といった表現で、これまでミハエルをブランドイメージとしてきた大企業の離反を牽制している(Michael Schumacher 'dumped by £4m a year sponsors Navyboot and Jet Set' | Daily Mail Online)。

Michael Schumacher rueda prensa Barcelona

こうした決断はビジネスとしては合理的であると言えるかもしれないが、ファンの心情はそのように割り切れるものではない。

既報の通り、スキー事故で頭部にダメージをうけたミハエル・シューマッハは既に退院し、現在はスイスとフランスの国境にあるレマン湖のほとりにある自宅で、リハビリ生活を送っている。

Fashion firms Navyboot and Jet Set have reportedly severed all commercial ties with the recovering coma victim as doubts remain over the chances of a full recovery. [....] A spokeswoman for Phillipe Gaydoul, who owns the fashion firms, confirmed the decision to the end the lucrative contract, which paid Schumacher £4million a year.(Michael Schumacher 'dumped by £4m a year sponsors Navyboot and Jet Set' | Daily Mail Online

英デイリーメイルによると、年間およそ400万ポンド(8億円)におよぶ個人スポンサー契約をミハエル・シューマッハと結んでいたファッション企業が、その契約を打ち切ることを認めたという。これはネイビーブートとジェット・セットという二つのブランドで、どちらもフィリップ・ガイドールという企業家によって経営されているという。

ガイドールの決断は正しいのか、間違っているのか。もちろん答えは立場によってさまざまだが、当F1ワッチとして心を寄せたいのは、やはり世界中のF1ファンたちの見解である。

この件について、個人的な体験と重ね合わせて「なぜミハエル・シューマッハが重要なのか」という印象的な記事を発表したのが、Formula 1 Blog の Negative Camber氏だ(Why Michael Schumacher matters | Formula 1 Blog)。

氏は1972年からF1ファンを続けているF1ブロガーであり、かつ25年に渡ってテクノロジー企業のCTOの職についていることを公表している。そんな彼にとって、ミハエル・シューマッハのキャリアは、まさに追いかけ続けてきたもののひとつであり、デビュー、そして成功と挫折をすべて見届けてきたという。

There is a more emotional attachment as well. My father was also a fan of Schumacher’s. In 2006, my father passed away from a brain aneurism (this was the second aneurism he suffered with his first being in the late 1980’s). (Why Michael Schumacher matters | Formula 1 Blog

そんな氏にとって、ミハエル・シューマッハというF1ドライバーは、父親の想い出と固く結びついているという。というのも、氏の父親がミハエル・シューマッハのファンだったからだ。そして、その父は脳の動脈瘤による20年余におよぶリハビリ生活の末、2006年に亡くなったのだ。

My father was given a 3% chance to survive back then and he beat the odds but he was never the same. My mother was immediately placed in a caregiver role for well over 20 years. It radically changed the lives of our entire family much as it has done to the Schumachers. (Why Michael Schumacher matters | Formula 1 Blog

家族のなかの一員が大きな病に倒れるということは、家族全体の人生を変えてしまう大事件である。脳にダメージを負った人間が回復するかしないのかはまさに賭けのようなものだが、その賭けに勝つにせよ負けるにせよ、そこには長期間に渡る家族による介護が生じる。介護は家族の人生を変えてしまう。それはまさに氏の家族がそうであったように、シューマッハ家の全員にとっても、今まさにその劇的な変化のただ中にいることがよくわかる、と氏は言う。

そして記事はよりプライベートな領域へと入っていく。それは、氏の父親の死の瞬間だ。

折しも、父親が最後の闘病生活を送った2005年から2006年にかけてのミハエルは、2004年まで圧倒的な強さを見せつけてきたにも関わらず、二年連続で惜しくもフェルナンド・アロンソに王座を譲り渡したシーズンだった。ミハエルのキャリアに陰りが見え始めたシーズンであったと言えるだろう。

以下、少し長いが全訳して紹介する。

Schumacher held a lead and Fernando Alonso failed to undercut him during the final pit stop of the 2006 San Marino Grand Prix. On April the 23rd, Fernando Alonso made a small mistake that left me thrilled and I clinched my father’s hand as he lay motionless in the hospital bed. I knew he would be thrilled too. When the checkered flag flew, I was elated to see another win and I held my father’s hand, leaned over and said in his ear, “it’s ok Dad, Michael won the race…he’s won the race for you”. It was a matter of minutes and my father stopped breathing, his race was over too. (Why Michael Schumacher matters | Formula 1 Blog

――2006年のサンマリノGP、シューマッハがわずかながらリードしている状況で、フェルナンド・アロンソは最後のピットストップでミハエルをアンダーカットできなかった。それは4月23日のことだった。フェルナンド・アロンソがそんなほんのちょっとしたミスを犯したことが、私をわくわくさせた。私は父の手を固く握っていた。父は病院のベッドの上で身動きすることもなく横たわっていたのだが、私には父もやはり興奮していることが伝わってきた。チェッカーフラグが振られたとき、私はミハエルの勝利に有頂天になって、父の手を握ったまま持ち上げ、彼の耳の近くに顔を寄せて伝えた。「父さん、やったよ、ミハエルがレースを勝った。彼が父さんのためにレースを勝ってくれたんだ」 それが私の父が呼吸を止めた瞬間だった。私の父も、レースを終えたのだ。――

そんな氏にとって、裕福な企業がミハエルのスポンサーをこの状態で打ちきるということは、何か重大なことのように感じられたとしても、不思議ではない。

It is a grey line and each has to make their own decision. I appreciate those acts of kindness that go beyond the common sense of a marketing dollar—when someone’s life is in the situation like Schumacher or even Jules Bianchi—and teeter on the line of illogical and money wasted on the emotional quotient of a relationship between a company and a driver. (Why Michael Schumacher matters | Formula 1 Blog

氏は今回のフィリップ・ガイドールの決断に対して言っている。そのような決断が企業によっておこなわれることは、もちろん簡単に善悪を判断できるものではない。しかし、それ以上に、お金が儲かる・儲からないといったビジネス上の常識を超えたところに何らかの優しさのようなものがあってもよいのではないか。それはミハエルと同じような状況下に誰かが陥ったとき、それはまさにジュール・ビアンキも同じだが、企業とドライバーのあいだには理屈で割りきることができない不安定な状態があり、両者のあいだの感情的な関係に対してお金を無駄に使うということが許されるような状況もありうるのではないか、と。

拙訳・抄訳ではあるが、本記事をもってNegative Camber氏に敬意を表したい。

(CC) 動画出典:Michael Schumacher rueda prensa Barcelona | Flickr - Photo Sharing!