Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

F1ワッチ (F1watch)

Watching the Formula One from an Armchair

今までフィリップ・アリオーの気持ちを考えたことはなかった

小林可夢偉がケータハムのシートを失った。今週末のベルギーGPで、小林に代わってアンドレ・ロッテラーがマーカス・エリクソンと共にケータハムのレースドライバーを務めることになる。

これは、マイク・ガスコインがTwitterで指摘した通り、ケータハムの新しい経営陣(主にコリン・コレスのことを指すと思われる)の常套手段である。かつてコレスが関わったスパイカーやHRTのシートが多くのドライバーたちに切り売りされたことに鑑みれば、驚くべきことではない。たとえば山本左近のF1におけるキャリアのほとんどがコリン・コレスのチームだったことは、この切り売りマネージメントと無関係ではないだろう。賛否両論はあるが、ある角度から見れば、コレスのやり方は多くのドライバーにチャンスを与えてきたのである。

xx0692mgp01-01

今回、小林可夢偉に思い入れがあるかたは、例えば1993年のフィリップ・アリオーの気持ちを考えてみたらどうだろう(しらんけど)。

1993年のF1シーズン、ラルース・ランボルギーニという老舗ながらも低迷するチームにあって、シーズン序盤から貴重なポイント(当時は26台もエントリーがあり、かつ決勝6位までしかポイントを獲得できなかった)をもたらしていたフィリップ・アリオーだったが、チームは資金難を理由に終盤の2戦(日本・オーストラリア)のシートを売却することにした。そのチャンスにF1デビューを果たすことができたのが、鈴木利男(当時38歳!)である。(ま、アリオーは39歳だったのだが……)

日本ではこの物語は、鈴木側からの視点でしか語られてこなかったが、それはこれまでは日本人のF1ドライバーがシートを「奪う」側にしか立ってこなかったからだろう。もちろんその背景には資金というものがついて回っていた。僕たちはシートを奪われる側の(ヨーロッパ人の)気持ちを無視するか、そもそも考えるという発想すらなかった。

しかし今こうして小林が「奪われる」側に立たされ、日本のF1シーンもついにここまで成熟したのかと感慨を深めると同時に、かつてフィリップ・アリオーのようにフランス人がフランスのチームで走りしかも結果を残しておきながらも、チームの資金難(と、おそらくは彼自身の資金力の無さ)から極東とダウンアンダーでのフライアウェイを走ることを断念する……というのは、どのような気持ちだったのか。

アリオーは苦労人である。1993年当時のインタビュー記事がまだウェブに残っている(しかもインタビュアーはジョー・サワードである)ので読んでみると、フランス人である彼のモーターレーシングでのキャリアは華々しくスタートしたかに見えたが、まもなく登場したアラン・プロストによって破壊されてしまう。(Interview > Philippe Alliot > F1 Features - Grandprix.com

"That first year was something marvellous," he says. "I was discovering the world of motor racing and it was fantastic."

But Prost's domination nearly ended Philippe's career. He lived from hand-to-mouth in 1977 but finally his efforts were rewarded with a drive for BP Racing's team in 1978. He won the Formula Renault championship and his career was launched.

「レースを始めた最初の年は、もう本当に素晴らしかったよ」とアリオーは言う。「私はモーターレーシングという世界を発見して、しかもそれが素晴らしいものだったんだ」 しかし、アラン・プロストがフランスのレース界を支配することになり、アリオーのキャリアはほぼ終わってしまった。彼は明日の食事も手に入るかわからないような貧乏生活を1977年に送ることになったが、最終的には1978年にBPレーシングチームのドライバーとして抜擢され、その苦労は報われた。彼はフォーミュラ・ルノー選手権を勝利し、彼のキャリアを築きあげ始めた。—— と、ジョー・サワードはアリオーの初期キャリアを語っている。

実際アリオーは、ここでラルースのシートを失ったことをきっかけとして、翌1994年はF1に2戦だけスポット参戦をすることしかできず、F1でのキャリアを終えることになった(とはいえそのスポット参戦のうち1戦がマクラーレンであったことは、彼のキャリアの終盤を華々しく彩ったと言えるかもしれない……それがたとえプジョーのおかげであり、そしてまたそのプジョーのせいでまったく走らなかった超低迷期のマクラーレンだったとしても……)。

……まあ、アリオーを小林とダブらせろというのは「いくらなんでも想像力には限界がある」と思われるかもしれないが、いやいや、想像力には限界なんて存在しないのだ……

ちなみに野田秀樹(1994年、ラルース)も、かの井上隆智穂(1994年、シムテック)も、同じような状況から日本GPでのF1デビューを果たしている。

これを斜め45度というのもおこがましいが、F1のシートを奪われる物語には、それを奪うものがおり、それぞれに正義があり積み重ねてきたキャリアがある——そう考えると、今回のケータハムの一件も、より深みを増して心に迫ってくるように思われる。

F1ワッチはもちろん小林のF1復帰を願っており、かつ同時にロッテラーがベルギーで素晴らしい結果を残すことを期待している。

(C) 記事出典:Interview > Philippe Alliot > F1 Features - Grandprix.com

(CC) 画像出典:xx0692mgp01-01 | Flickr - Photo Sharing!

Remove all ads