F1ワッチ (F1watch)

Watching the Formula One from an Armchair

中嶋悟のオンボード映像から、オーストリアGPの数奇な運命を振り返る(動画)

オーストリアGPの舞台となるレッドブルリンクは、奇妙な歴史を辿っているサーキットのひとつだ。 このサーキットは、かつては国名のエステルライヒ(Österreich=オーストリア)を冠した「エステルライヒリンク」と呼ばれていた。その名の通り、まさにオーストリアという国を代表するサーキットだったのだ。いかにもオーストリア的な地形の丘陵地に設計され、森に囲まれている。オールドファンならば、1987年のオーストリアGPでステファン・ヨハンソンが鹿と衝突してしまった珍事(悲劇)を記憶している人もいるだろう。

しかし、現在はその名前だけではなく、レイアウトまでも失われてしまった。簡単に整理すると、以下のようになる。たったひとつのサーキットが辿る波乱の歴史。かつて『007は二度死ぬ』という映画があったが、さながら『エステルライヒリンクは二度死ぬ』と名付けたくなる感じである。

  • エステルライヒリンク時代(〜1987)
  • 《荒廃の10年》
  • A1リンク時代(1997〜2003)
  • 《廃虚の10年》
  • レッドブルリンク時代(2014〜)

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まずは、1987年のオーストリアGP(エステルライヒリンクとして最後の開催)から、中嶋悟のオンボード映像で、モンツァを超える超高速サーキットであった当時の雰囲気を感じてみたい。

ドライバー目線で見ると、ひじょうに起伏があり、超高速サーキットとはいえ単調さをあまり感じない。ストップ・アンド・ゴーであるが、スパイスはきいている感じだ。周囲の自然も残されており、風景は美しい。このように起伏や周囲の環境など、ある意味では自然と共生しているサーキットだったが、別の角度から見れば、自然環境をサーキットとモータースポーツが汚してもいたのである。

荒廃、そしてヘルマン・ティルケがやってきた……

1987年を最後にエステルライヒリンクからF1が去ってから10年後。かのヘルマン・ティルケが大幅にレイアウトを改修し、ふたたびオーストリアにF1が帰ってきた。近年のファンでも、この「A1リンク」時代を覚えている人もいるかもしれない。

さあ、そのティルケの手腕を、1997年のミハエル・シューマッハのオンボード映像で拝見しよう。

サーキットは大胆にショートカットされ、高速コーナーはより安全な中低速のコーナーに改修された。そして見事なまでに広げられたランオフエリアは、周囲から「緑」を消し去ってしまったことがよくわかる。確かに安全性は向上したが、個性は失われた。

廃虚、そしてデートリッヒ・マテシッツがやってきた……

その後オーストリアでは環境保護運動が盛んになり、A1リンクとF1レースはその格好の標的となった。2003年を最後にF1も開催されなくなり、それからほぼ10年のあいだ、このサーキットは利用されることすらなかったという。

そこに目をつけたのがレッドブルのディートリッヒ・マテシッツである。彼はこのサーキットを改修してF1を自社の本拠地であるオーストリアに呼び戻そうとしたが、環境保護運動の前にその計画が頓挫したこともある。F1開催終了からまもなくの2004年末に、このようなニュースが報じられている(Red Bull playing hard ball at A1 Ring > F1 News > Grandprix.com)。

Red Bull Racing has dropped plans to reconstruct Austria's A1-Ring because of environmental problems.

レッドブル・レーシングは、環境問題を理由として、オーストリアのA1リンクの再建を取りやめた。

An Austrian government environmental panel on Monday ruled that objections raised by a local citizens' group were valid and that the track would create noise and air pollution. Red Bull boss Dietrich Mateschitz says that he is cancelling the whole idea, despite the fact that many millions have already been sunk into the enterprise.

月曜日、オーストリア政府の環境委員会は、地元の市民グループによって提起された反対意見を尊重し、サーキットが騒音と大気汚染を引き起こすことを認めた。レッドブルの総帥であるディートリッヒ・マテシッツは、サーキット再建の計画を放棄すると発表し、既にこの事業に投じられていた大金を無駄にすることになった。

……と、2004年のニュースは報じている。しかし2014年、ついにその悲願がかなった。既に当ブログでも紹介したように(ベルガーとベッテルがマシンを交換してレッドブルリンクを走る(動画) - F1ワッチ (f1watch))、エステルライヒリンクは、再び蘇ったのである。

なんと数奇な運命か。しかし、環境問題が解決されたわけではないだろう。これから再び議論が始まるかもしれない。そして、このレッドブルリンクはいつまで生き長らえることができるのだろうか……。

(C) 動画出典:Nakajima onboard Österreichring 1987 - YouTube

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