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とある優秀なエンジニアの自叙伝:森脇基恭『世界一の考え方』(2014)

森脇基恭は、日本のF1ファンにはテレビ解説者としておなじみであり、フジテレビのTV中継においてカワイチャンを制することができる希有な戦力としても視聴者からのリスペクトを集めている。そんな彼が雑誌『F1速報』に2013年シーズンを通じて連載した記事がまとめられたのが本書『世界一の考え方』だ。

連載記事に加えて、さらに森脇の古巣であるホンダの福井威夫との対談が収められている。帯には「F1仕事論」と書かれており、何らかのビジネス書としてのニーズにも応えようとしており、F1専門書とは思えぬ野心的なマーケティングである。僕もさっそく出版と同時に入手して、読了したので、簡単に紹介しておきたい。

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まず目次を見てみると、本書が16章のトピックから構成されていることがわかる。

はじめに
1. F1には「世界一の考え方」がある
2. アイデアを生み出す方法
3. 命がけとは、どういうことか
4. 失敗からヒントをつかむには
5. 戦うためのマネージメント
6. お金があれば勝ちなのか
7. 日本から違う文化へ飛び込むとき
8. コミュニケーションの難しさを乗り越える
9. はかりしれない人間の力について
10. 本当に必要な交渉力とは
11. 戦いの場でも見た目が大事な理由
12. ぶれないこと、変わり続けること
13. 何を学び、どう教えるのか
14. スランプを脱するための処方箋
15. F1は紳士のスポーツなのか
16. 失われてゆく若さに代わるもの
特別対談 F1から学ぶ仕事論 福井威夫×森脇基恭
あとがき

本書は、いわば森脇というレンズを通してモータースポーツ・F1の世界をのぞき見ることができる本と言うべきだろうか。

本書は、おおむね三つの角度から楽しむことができる。まず、森脇がモータースポーツの世界に関わってきたなかで見いだされてきた「仕事のやり方」を学ぶために読む。そして二つ目は、「いかにF1の世界がすごいのか」を森脇独自の視点から楽しむ。そして三つ目が、個人的には一番大きいと思うのだが、森脇の「自伝」としてこれを読むというものである。

なぜ三つ目が大事かというと、この本はまさに森脇の半生をそのまま書き写した内容になっているからだ。彼が大学を卒業してからホンダに入社しながらも数年で退職し、英国に渡ってレーシングマシンのデザイナーになったこと。日本GPの開催権契約のためにバーニー・エクレストンと交渉の席についたこと。彼自身がチームオーナーとして数々のドライバーを見てきたこと。そしてもちろん、F1解説者として長年日本からF1にかかわり続けてきたこと。これらの彼の経験が、16章それぞれの内容と深く結びついている。

だから、ある意味で本書はとても主観的な本だ。例えば、森脇はバーニー・エクレストンと日本GP開催権の交渉に赴くなど、ビジネス面でも深くF1に関わった経験を持っている。そんな彼が15章で読者に投げかけている質問は「F1は紳士のスポーツなのか」である。

彼によると、紳士はお金の話などおおっぴらにするものではない——から、今のF1には紳士はいないのではないか、と、なる。そこで紹介されるのは、ジェームズ・ハントを見いだした、かの英国のアレクサンダー・ヘスケス卿であり、おそらく彼がF1界における最後の紳士だったのではないか、という(該当章より)。

うーん、そうかもしれないし、そうではないかもしれない。そもそも紳士の定義って、いったい何なのだろうか。でも、判断の基準は、すべて森脇にあるので、読者はもうこれを受け入れて楽しむしかない。本書はビジネス書のような体裁はとっているが、何かしらF1やモータースポーツの世界を客観的なデータ(たとえば統計とか)によって切り込んで分析しようというものではなくて、あくまでもそこに実際に参加した人間(=森脇)がそこで見いだした哲学、練り上げたアイディアを披露するものである。

この本を読み終わってまず最初に出てくる感想は「森脇サンすげえ」ということであり、逆にいえば森脇を知らない読者が不幸にも本書を手に取ってしまえば――それはまさしく不幸としか言えないのだが――「誰だこの偉そうなオッサン」ということであり、さらに不幸なことにF1という世界をほとんど知らない人が読むとわけがわからないことだらけであり、いったい何がどうしてどういう理由でF1はそんなにすごいのかという疑問がわくに違いない。

……まあ、それは仕方がない。

世界一の考え方

世界一の考え方

とはいえ、私たちは、学ぶ気になりさえすれば、どんなものからでも学ぶことができる……という当たり前の事実を再確認させてくれるのが、この本の最大の価値かもしれない。そして何からでも学べる人間は柔軟な頭脳を持ち、常に好奇心を抱き、反省することができる。もしかしたらこの本は「F1仕事論」というよりも「森脇流仕事論」としたほうが良いのではないか……とも思える。

なぜだかAmazon.co.jpでは品切れ中が続いているだけでなく、書店の取り次ぎにも在庫がないようだ。大型の書店であれば店頭在庫はあるようなので、ネットで検索してから店頭まで足を運ぶのが確実かもしれない。

追伸。

スポーツから「仕事論」をするのが流行っているのだろうか、とこの本を読んでから考えてしまった。先日は『アエラ』が「サッカー仕事論」の特集を組んでいた。

AERA (アエラ) 2014年 5/26号 [雑誌]

AERA (アエラ) 2014年 5/26号 [雑誌]

しかしその内容は森脇の本に勝るものではなく、まったく比較にできない程度の「仕事論」であったことを付記しておく。

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