F1ワッチ (F1watch)

Watching the Formula One from an Armchair

マックス・モズレーはラッツェンバーガーの葬儀に参列した

20年前のサンマリノGPに関して、世界中のメディアがアイルトン・セナに目を向けるなか、英国の一般紙はこぞってローランド・ラッツェンバーガーにも光を当てようとしている。なかでも英インディペンデント紙は、彼の事故死を「イモラの忘れられた悲劇」と題し、当時のFIA会長マックス・モズレーのコメントを含む興味深い記事を掲載している(The death of Roland Ratzenberger: Imola's forgotten tragedy - Motor Racing - Sport - The Independent)。

Austrian Flag, Hohensalzburg Castle, Salzburg

セナとラッツェンバーガーは、ともに34歳だった。20年前の1994年、同じ週末、同じサーキットで、二人は事故死したのである。

Ratzenberger was pronounced dead before he made it to the helicopter to be airlifted to Bologna's Maggiore Hospital, the same journey Senna would make the following day.

イモラのヴィルヌーヴコーナーのウォールへ時速320kmで衝突した34歳のオーストリア人は、すぐにボローニャのマジョーレ病院までヘリコプターで運ばれたが、サーキットで既に死亡が確認されていた。翌日、アイルトン・セナがまったく同じ旅をすることになる。

Max Mosley, then president of the Fédération Internationale de l'Automobile, was one of the few figures in motor racing who went to Ratzenberger's funeral in Austria, instead of Senna's in Brazil.

当時FIAの会長を務めていたマックス・モズレーは、モータースポーツ界で、ラッツェンバーガーの葬儀に出席したごく僅かな人々のひとりだった。彼はブラジルでおこなわれたセナの葬儀のかわりに、オーストリアでおこなわれたラッツェンバーガーの葬儀に出席したのだ。

"It was a small, sad, affair. A little bit more than a family thing," he said. "His partner was there, his parents, figures from Austrian motor racing.

「小規模で、悲しい、葬儀だった。家族葬をちょっとだけ大きくした程度だった」と、モズレーは語った。「彼のパートナーと、両親と、あとはオーストリアのモータースポーツ関係者が参列していた」

"A lot of famous drivers were long-standing friends of Ayrton's so it's completely understandable they went to Ayrton's, but I just felt he was being neglected.

「多くの有名なドライバーたちは、セナの長年の友人だったから、彼らがセナの葬儀を選んだことはまったく不思議ではない。しかし、私はラッツェンバーガーが無視されていると感じた」

"Like all funerals, it was very, very sad. All you can really do is shake hands and express condolences, but there's no real conversation.

「多くの葬儀と同じで、とても、とても悲しいものだった。手を握り、お悔やみの言葉を伝えるぐらいで、まっとうな会話なんてできるものではない」

"I knew him quite well. The fact that he'd worked his way up, and got the job done, I admired. But he hadn't had a chance to enjoy any of the success yet. Ayrton had a short but amazing life. [Roland] had finally got there, but never had time to enjoy it."

「私はラッツェンバーガーをとてもよく知っていた。彼がレーシングドライバーとしてのキャリアをスタートさせ、それをやり遂げてきたことを、高く評価していた。しかし、彼はF1ドライバーとして名声をあげるチャンスを永遠に失ってしまった。セナは短いながらも素晴らしい人生を送った。しかしラッツェンバーガーには人生を楽しむ十分な時間はなかった。

"Quiet and unassuming" are the words that have attached themselves to Ratzenberger in the years after his death. For Mosley, "That's a cliché, yes, but that is exactly what he was.

《物静かで、控えめ》とは、ラッツェンバーガーが死んでから、彼に添えられた言葉である。モズレーは「それは決まり文句だね。まったく彼がどんな人間だったかよくわかる」

マックス・モズレーはこの事故以降、F1の安全性を向上させるために積極的な改革をおこない、その急進性から、しばしばチームと対立することになった。そんな彼が、セナではなくラッツェンバーガーの葬儀に出席していたことは、知らなかった。もちろん、あまりのも多くのF1関係者がブラジルに行ってしまった以上、政治的な判断からラッツェンバーガーの葬儀に参列したという穿った見方もできるが、彼の「ラッツェンバーガーが無視されているように感じた」という感覚は、真実味を帯びていると言えるだろう。彼はそういうブリティッシュ・エリート独特のバランス感覚というか、倫理観をもった人物であることは間違いない。

なお当該記事には、その後のF1の安全性向上に関する経緯も記されている。ここでは引用して紹介しないが、1994年のサンマリノ以降、ヨーロッパでの交通事故死が劇的に減少したという面白い記述もあるので、関心があるかたはぜひ読んでみて欲しい。

写真出典:Austrian Flag, Hohensalzburg Castle, Salzburg | Flickr - Photo Sharing!

Remove all ads